よもやま
2008年08月22日
某T社に取材に行ったり
T社の開発室取材。T社のみなさんありがとうございました。
夢をつくる仕事って、エネルギーがいるだろうな。
そもそも、やっぱり自分がそれをつくることが好きじゃないと、つくり続け考え続けるって、できないんだろうと思う。
子どもの時の気持ちを忘れないまま大人になって、しかも大人として子どもたちを包み込める包容力がないとならない。
しかも商売として成り立たせないとならない。
うんみんな、食べていかなきゃいけないしね。
それにしても、大人になっても子どものためのものをつくり続けていられるっていうのは、やっぱり幸せことなんだろうなと思う。
と、T社の人に聞いてみたら、ビミョーに、そうでも無いこともあるらしい。
なるほど、子どもの夢をつくる仕事は、開発するそれぞれの人が、キョーレツに自分に没頭してないとできない。
夢追い人は孤独だ。
スナフキンがそうであるように。
そもそも、モノをつくりだしている人は、みんな孤独だ。
見えない世界に対して挑んでいくのは、よく考えれば恐怖だ。
風車に挑むドン・キホーテ・デ・ラマンチャがそうであるように。
今の子どもたちっていうのも、結構孤独だ。
これほど、子どもの居場所が無い時代もかつて無い。
生きる力が無い子どもは、居場所が無くなっていくだけだ。
子どもたちは、ひとりひとりがその力を問われている。
と、ふとシビアになってみたりする。
夢と未来がつくりだされる場所って、きっと、あまり人に顧みられるような場所では無いに違いない。
かつてガレージでパソコンが生まれたように。
おっと、これじゃ「地上の星」だ。
Date : 2008/08/22 21:12
Posted : jun
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2008年08月17日
そして ポニョに はめられる
アトムはあまり映画を観ない。
アトムが観るに適当な映画があまり無いせいもあるけれど、7歳の今までほとんど観た事がない。
観るとすれば『ドラえもん』で、夢中になって筋を追って観ているけれど、興味はといえば、ひみつ道具だったりする。グッズとか欲しがったりということも無い。
そもそも、映画を観るよりは、そのへんを走り回っている方が楽しいらしい。
ところが、ウランは違う。
男の子の脳と女の子の脳はやっぱり違うのか。
ミュージックステーションで大橋のぞみちゃんが歌う『崖の上のポニョ』の主題歌を録画したら、画面の前で一緒に振り付けを踊りながら、一所懸命に「ぽーにょぽーにょぽにょ」と何度でも歌い踊る。すごく嬉しそう。
パンフレットを指差してウランが言う。「これはポニョ」「ポニョ寝てる」「これはソースケ」「ポニョは、いもうとたち、いっぱーい!」。なぜに嬉しそう。
あげくの果てに、パンフレットの最後に載っているポニョグッズに目が止まる。「これはどうしたらいいの?」。どうやったらポニョグッズが手に入るのかを聞いてくる。ポニョのクリップが欲しいらしい。
かあちゃんはかあちゃんで、ポニョを観終わった直後はポニョの不条理にぽかんとしていた。不条理がゆえに、牛が4つの胃袋で食べ物を反すうするが如く、何度も何度もいくつかのシーンを頭の中で繰り返し上映している。
「あれはもしかして、こういう事だったのか」「そうか、あれはそういう事なのか」「あそうか、なるほど……」。
もう遅い。ポニョに、ハマっている。というか、ハメられた。
思うツボだ。
1粒で2度おいしいポニョを反すうしているうちに、宮崎駿作品がいま一度観たくなった。パンダコパンダから観たくなった。
思えば、かあちゃんが初めて映画館で観た映画は、『パンダコパンダ 雨ふりサーカス』だった気がする。あれは何歳のときだっただろう?
パンダコパンダの歌と映像が鮮明に記憶に残っている。あれから一度も『パンダコパンダ 雨ふりサーカス』を観ていないはずだけれど、いまだに「ぱんだこぱんだこぱんだっ♪」のフレーズと、オープニングの画像を映画館で観た記憶が蘇ってくる。
「なんでこんなにも洪水なんだろう……?」と、なんとなく思ったけれど、やたら逆立ちするミミちゃんは不思議で、パンちゃんはかわいいしで、「??」と思いながらも魔法にかかったように観ていた気がする。うん、洪水はちょっとわくわくした。
ウランにとっては、きっとそんな感じかな。ポニョは。
あぁ忙しいのに、映画観る時間なんて無いのに。でも映画を観なきゃな。しかし、どうせならDVDとかでなく、『パンダコパンダ』を映画館で観たいもんだ、でも無理だろうと思ったら、今年の春に渋谷とかで上映されたらしい。
しかも公式サイトまである。
それにしても、ウランにポニョグッズを買ってやるには、やっぱりジブリ美術館に行かねば(正確にはローソン)ならないような気がちょっとしてくる。
……って、8月はもういっぱいでダメじゃん。
というか、その前に、まだ観たことがないウランと、トトロ、観とくかな。
8月31日(日)17:00-17:45 NHK総合で「久石譲in武道館」コンサートが放映されるらしい。ついこの間の、久石譲初のジブリ音楽だけのコンサートだ。観てしまうかも。
こうして、人は、ハマっていくんだねうん。
Date : 2008/08/17 23:50
Posted : jun
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崖の上のポニョ
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2008年08月06日
子どもたちにいつか教えなければならないこと
小さな子どもたちと過ごしていた時、ふとつらくなることがあった。
子どもたちの手をひいて道を歩いている時。
床を拭いている時。
泣かれる時。
ふとつらい。
そんな時に頭に浮かぶのは戦時中のシーン。
戦争があった。その時人々はつぶされて死んだ。焼かれて死んだ。生まれてすぐに死んだ。辱めて殺した。死んでなお踏まれ捨てられた。その時死に至らなかった人がやがて死ぬまでの苦しみ。ふとつらい時、戦時中を思う。
かあちゃんがヒロシマへ行ったのは、たしか10歳の時だった。それは「行きたい」と言ったから連れていってもらったんだ。
「8月6日に行きたい。灯籠流しを見たい。原爆ドームを見たい」と言った。そして8月6日に行った。
原爆を知ったのは、『はだしのゲン』だったと思う。なぜあの本を読んだのか思い出せないけれど、読んで、行きたいと思った。広島平和記念資料館に行き、平和記念公園に行き、原爆ドームを見た。10歳の、暑い夏だった。
「もしも戦争がなければ」。そう思うことがたまにある。
今も戦争の傷跡は深く深く残っている。
その時代を経てきたことを、いつか子どもたちに教えなければならないと思う。
くったくの無い、子どもたちの笑顔を見て思う。
一体、いつ、どこから、教えたらいいんだろう?
Date : 2008/08/06 01:40
Posted : jun
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戦争
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2008年07月23日
その書店で、人が、死んだ。
その書店で通り魔事件が起き、22歳の女性が刺されて亡くなったことを知ったのは、事件が起きてから1日近く経つ、つい先ほどのことだった。
ただただ忙しく、ニュースを見る間もなく、1日、そのことを知らないままでいた。
34年前。
その書店の一号店がオープンしたとき、かあちゃんは、ちょっとしたドレスを着て、そこにいた。
華やかに、開店のドアが開いた。
晴れ晴れしく、そしてちょっとはずかしく、その書店のドアを、少女のかあちゃんは、通り抜けた。
たくさんの本に囲まれて、いつまでも本を読んでいられた。
こんなにたくさんの本がある書店に、行ったことがなかった。
平和で幸福な場所。
34年後。
事件が起きたその書店で、アトムは辞書を買った。
事件が起きたその書店で、ウランは絵本を買った。
その書店は、かあちゃんにとって、特別な場所。
その書店は、
その書店の名前を34年前につけたのは、
父だ。
いくつもの名前を考え、いくつもの書をあたり、毎夜悩んで、その書店の名前を、ようやくつけた。
その書店が誕生した記念にと、その年に生まれた自分の子どもにまで、その書店と同じ名前をつけた。
その書店の一号店がオープンしたとき、お客様を迎えるドアの一番前に立っていたのは、父だった。
従来の書店にはないほどに、多くの種類の本を揃えたのだと。
夢を実現させたのだと。
これまで、いくつかの通り魔事件が起きても、やっぱり、人ごとだったんだろう。
晴れやかに、その書店のドアを通り抜けてから、34年。
その書店で、人が、殺された。
Date : 2008/07/23 19:32
Posted : jun
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2008年07月11日
あまりにもよもやまなベビー用品のあれこれ
忙しくて更新も滞りがちなわけで、よもやま話でも書いておきます。
このブログを始めた頃には毎日のように怒っていたもので、それはなぜかといえば、赤ちゃん子どもの育児道具が、使う道具使う道具まともに使えない。すぐ壊れる。だから、使えるモノを探したくて、ブログしてみたりして。
で、道具を使っては、いったいこれを作った人は、自分で実際に使ってみたことがあるのかと、赤ちゃんとか子どもとかをわかっている人が作ってるのかと、と思わない日はないほど。
で、日々怒っていたわけで。
いやでもまさか、商品開発でモニタぐらいはしてるでしょうよと思いつつ。
で、時が流れて、どういうわけか、いろんなベビー用品作ったり売ったりしている人たちと実際会ったりするようになっちゃったわけで、そこで衝撃の事実が明らかになったりするわけで。
ベビー用品を作ったり売ったりしている人は、実は売ってるもの使ってない。
赤ちゃんもいないし、赤ちゃんを知らない。子どもを育てたことがない。
という人が、作ってるし売ってるのがほとんど。
いやまさかとは思ったけれど、ほんとに実際使ったこともないし赤ちゃん育てたことがないのに売ってる。そりゃ使い勝手の悪いものやら、赤ちゃんのいる生活をわかっとらんというものがいっぱい売られているわけなんだな。
怒りはもはや確信に変わるわけで。あぁまさかとは思ったけど、ほんとにそうなんだと。
まぁでも作っている人も必死で作ってるんだろうし、売っている人も必死で売ってるんだろな。ビジネスだから。
ママが作った というモノがやっぱり使いやすくて「わかってるなぁ」と思ったりする。でも、製品としてみると甘かったりもする。
作る人と使う人がもっと近づくためには、どうしたらいいんだろうね。
Date : 2008/07/11 22:06
Posted : jun
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