育児な記事
2008年10月30日
ディズニー年賀はがき売り切れ
子どもたちに年中行事を、なるべくきちんと教えていこうと。
そうすると、まぁ多いこと多いこと。行事。
そのうちのひとつが年賀はがき。
アトムも小学生だから、もう家族の年賀状にひとこと添えるんじゃなくて、自分で自分の年賀状を書かなくちゃね。
今年は、郵便局の人が暑中見舞いはがきを家まで売りにきてくれた。
年賀状の予約チラシもずいぶん早く届けてくれた。
年賀はがきはここ数年、年間約1億枚のペースで減少。しかし今回は、前年と同様、お年玉賞品をハイビジョンテレビや国内旅行など豪華にした影響もあり、予約段階でディズニーのキャラクターをあしらったものや、全体をうぐいす色や桃色に染めた「いろどり年賀」が、すでに多くの郵便局で完売状態に。郵便事業会社などは急遽(きゅうきょ)、29日に追加発行を発表した。
ディズニーキャラクター入りインクジェットはがきはもう売り切れ。11月末まで待つそう。
まぁでもディズニーじゃなくてべつにいいから、あせることはないけれど。
どんな年賀状がいいのかな?
やっぱり王道のイモ版なんかやってみようかな。
Date : 2008/10/30 22:44
Posted : jun
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2008年10月27日
負けず嫌いの子は体力がある?
「負けず嫌い」なのはどっちかというと、アトムとウランでは圧倒的にウランが負けず嫌いだ。
ふたりとも水泳と体操をやっているけれど、特に水泳は順位もタイムもはっきり出る。
思うようにできなかった時、つまり自分に対して負けた時、ウランのスネ具合というのは相当激しい。次の練習を全くやらないほどだ。
でも、やがてできるようになると、跳ねるように大喜びで水に飛び込んでいく。
アトムにはそこまでの葛藤はない。友だちに追いつきたいと思っていても、素直に普通に努力する。「負けず嫌い」とまではちょっと言えない。
その子その子が生まれ持った性質ってあるんだなと。
岐阜大教育学部の春日晃章(こうしょう)准教授(40)=発育発達学=らの研究チームが1075人の幼稚園児(3〜6歳)を対象にした調査で、負けず嫌いの度合いの強い子供ほど体力があるという結果が出た。26日に津市で開かれた東海体育学会で発表され、「負けず嫌い」と体力の相関関係を統計的に示した調査として注目された。
そうなんだよ。負けず嫌いのウランのほうが体力あるんだよ。
腕力も脚力も強い。柔軟性もすごい。なんでだろう? ベビースリングで育てたから? とか、たまに思ったりする。でもやっぱり持って生まれたものなんだろな。
で、教育的に他の子と差がつかないように「配慮」してたりすることが時々ある。つまり体力に順位をつけないという「配慮」。
春日准教授は「最近は運動会の徒競走などで順位をつけない学校も多いが、順位をつけて子どもたちが良い意味での『負けず嫌い度』を高めると、体力が向上する可能性がある」と話している。
たしかに、足が遅い子にとって、徒競争の最下位というのは結構悲しいものだ。かあちゃんは、小学校低学年の頃、体が小さくて足が遅かった。そうとうおてんばだったけれど、それとこれとは別だった。ビリになった運動会を今でも忘れない。
「この子は運動ができない」。徒競走の順位でそう決めつける大人の方が問題なんだろうと思う。「どうせできないから」と、それ以上教えることをやめてしまう大人。
子どもを育てるようになって思うけれど、足が遅かったからこそ、体を動かすことをなぜ子どもの時期に教えてくれなかったのかと思う。要するに大人がめんどくさくて大変だから教えなかっただけだと思う。できる子を教えれば、もちろんあまり教えなくてもできる。教える大人が自己満足できるんだろう。でも、できないからこそ、子どものうちにやらなきゃいけなかったんじゃないかと思う。
幼稚園でも小学校でも何をやっても遅い子っている。たとえばお弁当や給食を食べるのが遅い、支度が遅い、計算が遅い、何かに遅い子がいる。その遅い子を待っているのが正しいように幼稚園や学校的には言う。
でも、遅い子が遅くて悲しい思いをして、そこで終わらせてる大人が結局間違ってるんじゃないかと。
どうしたら早くできるのかをフォローすることのほうが大事なんじゃないかと。
早い子は遅い子を置いていく。
早い子はいけないんだろうか?
遅い子はいけないんだろうか?
おててつないで皆横並びが、本当にいいことなんだろうか?
遅い子は、早い子に「待ってくれ」と大きな声で言う力を持たなければならないんじゃないだろうか?
生きる力って、そういうことなんじゃないんだろうか?
Date : 2008/10/27 23:10
Posted : jun
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2008年10月23日
産むのなら平日の昼間、生死の境をさまようのなら平日の昼間
産婦人科がもっとも手薄な時。
それは土曜日。
7つの病院に受け入れ拒否された妊婦さんが亡くなったのは土曜日。
これがもし、平日の昼間だったら……。
医師も看護師もいただろう。どこかの病院にすぐに入れただろう。
「運が悪かった」んだろうか?
でも、そんな「運」で、人が生きるも死ぬも決まってしまうのが、現実。
かあちゃんが最初に出産したのは、その、土曜日だった。
しかも金曜深夜に入院し土曜に入って間もなく産まれた。
月夜の中、病院についた時、閑散としていた。
出産に立ち会った医師らしき人は新人なのか研修中なのかというあまりにも若いよくわかってなさそうな女性医師。助産師も新人だったんだろう腑に落ちないことばかり。
まぁべつにそれはそれでもいい。医師の力を借りて産む気はなかったから。
ただ助産師はなんとかならないものかと思った。
何もかもが手薄だった。
聞けば昼間の出産ならベテラン含んだ助産師が2、3人は集まったりして、場合によっては全員集合して、経験があり普段診察にあたっている医師が立ち会うようだった。その様子は天と地ほど違うらしい。
その夜は出産ラッシュで、かあちゃんの後に続々と出産が続いた。
かあちゃんの次の次の出産の人から、部屋が無くなった。
その人たちは、病室のベッドではなく、医師の控え室のようなところに、出産後は放置だ。
ケアなんかない。
土曜と日曜は看護師もいなかった。いたのかもしれないけれど、ほとんど見かけなかった。まるで死んでいるような空間だった。なんだか通じないミイラみたいな人しかいなかった。
出産後の女性をかたっぱしからどなりつける看護師。胸が張ると訴える人に何の手あてもせずに当たり散らしアイスノンを渡すだけの助産師。出産後すぐには新生児室で預かることになっている赤ちゃんを預かってもらえないという人もいた。その人がふらふらしながら哺乳びんを落として廊下で割った。誰も手助けする人はいない。割れた哺乳びんからぶちまけられた糖水で、後ろにいたかあちゃんは足をすべらせた。それから腰を激痛が襲った。
痛いと訴える相手もいない。いちおう定期的に来た看護師に訴えても誰も来ない。誰もいない。
長過ぎる3泊2日。
月曜の朝になって急に人が増えてにぎやかになり、入れ替わり立ち代わり人が来る。まるで血が通ったように様子が変わって驚いた。でも、人が増えたら増えたで間違った薬が運ばれてきたり、やっぱり連絡は届かなかったり。
救急患者を受け入れる総合病院だった。
産婦人科の隣は婦人科で、産婦人科の食事の時間に出産後のママたちがいっせいに食事に出かけたすきに、婦人科の個室から白い布できっちりと包まれた人らしき姿が運び出れるのを、食事に遅れたかあちゃんは見かけた。
土曜と日曜の、その病院の真の姿を知って、思った。
「こんな病院で死にたくない」。
東京都内で7カ所の病院に受け入れを断られた妊婦(36)が、いったん拒否した都立墨東病院で脳内出血の手術を受け死亡した問題。緊急事態に対応するためスタッフを充実させている「総合周産期母子医療センター」に指定されていた病院もあり、産科医療体制の脆弱(ぜいじゃく)性を再び浮き彫りにすることになった。平成18年に奈良県の妊婦が19の医療機関に転院を断られた末、死亡したケースなどが起きて以降、近畿各地で緊急時医療の見直しが行われ改善されているが、現場はギリギリの状態が続いている。
ひどい病院だと思ったけれど、あの土日のあの病院の姿が「ギリギリの状態」っていうやつだったんだろう。あのひどさ以上の病院が、日本には、ごまんと普通にいっぱいあるっていうわけだ。
かあちゃんは、個人病院か助産院で産みたかった。
ところが、これという個人病院が無かった。近くに適切な助産院も見つけられなかった。
今みたいに整ったインターネットなんか無い。
探しても、それ以上探しようがなかった。
自然分娩で母乳で……と思うと、ますます病院が無かった。
とりあえず近所の産婦人科医院はものすごい勢いで無くなってた。廃業ばかり。
産むところが無かった。
ただひとつ、もしも出産後の子どもに救急医療が必要になったらと考えると、小児科のある総合病院を選んでおいたほうがいいのかもしれないとは思った。その病院の産婦人科で産まれた子は、病院内の小児科で人生最初の診察を受ける。産まれたばかりの子には自動的にカルテも診察券もできる。退院後に子どもに異常がおきて救急車を呼ばなければいけない事態になった場合、「この病院にカルテがある」と言えば、たらい回しにはならないんじゃないかと。
それにやっぱり、ことは出産だから、行く途中の車内で産まれちゃっても困る。ある程度近くないと。もし産まれた子が救急の事態になったら、やっぱり近くないと困る。
そんなことを思ったりもして、その近くの救急総合病院にしたんだった。
産まれたあとの子どものためだけに選んだようなものだ。
後で思えば、病院で産む必要すら無かった。
病院で産もうが産むまいが、結局医療を受けられなかったんだから。
小児科の救急システムも、まだ今ほど整っていなかった。
だから、「もし救急車でたらい回しになったら」と考えた。
でもいまは小児科のシステムが整ってきて、深夜や休日の急病でも行き場がいろいろあるようになった。そんなこと考えないですむようになった。
「大丈夫だ」と思えるシステムがあれば、一か所に集中しないんだ。システムが整ってると安心できれば、病院内助産所や産婦人科のクリニックで産みたい人ももっと増えるんだろう。そうしたら本当に必要な人がすぐに医療を受けられるんだろう。
妊娠も出産もリスクを抱えているもので、出産後の母親が元気なことや赤ちゃんが生きて産まれたことは、「おめでとう」なんだと。
出産する人の全ては、自分の命とひきかえになるかもしれなくても子どもを産もうとしてるんだと。
そういう意識が世の中全体的に希薄なのではあるのだろうけれど。
Date : 2008/10/23 21:55
Posted : jun
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産婦人科
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2008年10月21日
子どもがのどに食べ物を詰まらせたらどうすればいいのか
男の子っていうのは、ほんとに、時折ふざけたことをする。
口に食べ物をくわえたままでわざとふざけたりする。
男の子。そういうのもかわいかったりするものだから親バカだと思う。
でもやっぱり教えなければいけないことは教えなければいけないから、繰り返し繰り返しさとす。
「いけません」。
千葉県船橋市宮本の市立峰台小学校(末永啓二校長)で6年生の男児(12)が給食のパンをのどに詰まらせ、窒息死していたことが21日、分かった。
同小などによると、男児は給食の時間の17日午後0時45分ごろ、直径約10センチの丸いパンを食べてのどに詰まらせた。ちぎって一口を食べた後、残りを2つに割って一度に口に入れたという。
気付いた担任の女性教諭がやめるよう注意。周りにいた児童がスープを飲ませるなどして廊下の手洗い場ではき出させたが取り除けず、男児が「苦しい」と訴え始めたため、教諭が廊下に寝かせて救急措置を施し、119番通報。救急車で病院に搬送されたが、同日夕に死亡した。
パンを喉につまらせることは意外と多いらしい。
ごはんに次いで2位だとか。
こんにゃくゼリーの比でない。
なんにせよ、子どものころは、飲み込むつもりなのがうまく飲み込めないということは多々ある。自分が子どもの時にどうだったのかを思い起こせば、「飲み込む」という行為はかなり難しかった。よく正露丸を飲まされたけれど、あれは臭いもあいまって飲み込めなかった。その他カプセルの薬などもうまく飲み込めなかった。魚の骨も飲み込めなかった。
大人になった今では、どれも飲み込める。
でも、子どもというのはまだ発達途中の体で、飲み込んだものが気道に入りやすいということを思い出しておかなければならない。
さて、子どもが食べ物を喉に詰まらせてしまったら、どうしたらいいのか?
「ごはん飲みこんじゃいなさい!」。
これは「魚の骨が」と言う時に言ったりする。
でも、すでに喉に詰まっている場合は、逆効果だ。
「お茶飲みなさい!」。
これも良く言う。
しかし、パンを水分に加えれば、ふくらむだろう。
余計に喉を塞ぎかねない。
小さい子どもなら、授乳の後のゲップを出すように、肩にかつぐ。
授乳後ゲップスタイルよりも頭が下がるように肩に子どもかつぐ。
ひざの上にうつぶせに乗せて、頭が下がる姿勢でもいい。
そして肩甲骨の間のあたりを掌の親指の付け根あたりでたたく。
大きくてかつげなかったら、椅子に腹を乗せてうつぶせにする。
頭を少し下げて、やはり背中をたたく。
気道確保のために顎を少し上げる。
要はとにかく体を逆さにして背中をたたく。
詰まったものが出て来たらかき出す。
しかし、これは慣れてないと難しいような気もする。
目の前にいる人が食べ物を喉に詰まらせるシーンなど、一生に一度あるか無いかで、慣れている人がいるわけもない。
口の奥に掃除機のノズルを入れて、詰まったものを吸い込むという手もあるらしい。お年寄りが餅を喉に詰まらせて、この方法で取り除いて生還したことがあった。専用のノズルも世の中にはあるらしい。吸う場所がずれると舌とか口内とかいろいろ別のところに吸い付いてしまうので注意しなければならない。掃除機で2、3秒吸って、止める。2、3秒吸って、止める。これを繰り返す。ずっと掃除機で吸ってると呼吸ができなくなる。
しかしこれは人手が必要だ。ひとりは救急車を呼び、ひとりは逆さにして背中をたたき、ひとりは掃除機を取りに行く。
そうは言っても、呼吸ができない状態は長く続けられない。そこに残された時間は2、3分。とにかく逆さにして背中をたたき、119番。救急車を呼ぶこと。
人手があって、背中を叩き続けても出なければ、掃除機の細いノズルか専用器具で吸い出してみるのもアリ。を万一の時のために刻んでおこう。
小6男児が詰まらせた給食のパンは、やわらかいパンだったという。
むしろ、歯で噛み砕かないと食べられないフランスパンみたいな固いパンなら、否が応でも噛み砕いてから飲みこんだだろう。
かあちゃんが子どものころは、給食のパンといえば食パンだった。
たまに出る揚げパンはごちそうだった。
いやそういうことの前に、「消防・救急は119」「警察は110」「住所」「名前」を、電話機のそばに書いて貼っておかなきゃね。ひらがなで。
かあちゃんが食べ物を喉に詰まらせたりした時に、アトムがすぐ電話できるように。
Date : 2008/10/21 23:05
Posted : jun
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誤嚥
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2008年10月18日
新幹線の名前をつけてみないか?
今日たまたまテレビ観たら、17:00から日テレで『新幹線チャンネル』という番組をやっていた。
ちょっと鉄分濃いめQ&Aみたいなことをやって、その中で新幹線の「はやて」のネーミングの意表をついた度を話していた。
なるほどたしかに「はやて」というのは、悪い意味で言われていたりもして、流行病にかかってこの世を去ることをそう言ったりした。東北を走るとなると、「はやて」が農作物に与えた影響も考えたりするところなんだろな。
よくぞ、この名をつけたと。
まぁでも今の世の中では、「はやて」といえば疾風で、どちらかというとさわやかなものだと、だいたいの人が思うだろうし。
JR西日本・九州は20日から、11年春の九州新幹線全線開通で新大阪−鹿児島中央間を直通運転する新幹線の列車名を募集する。締め切りは11月30日(消印有効)。採用賞金は20万円(複数の場合は抽選)。また抽選で200人に、直通車両をデザインしたオレンジカード(1000円分)を贈る。
応募は、郵便はがきに列車名1点▽郵便番号▽住所▽氏名▽年齢▽性別▽電話番号−−を明記し、〒812−0011福岡市博多区博多駅前3の2の1、ジェイアール九州エージェンシー内「新幹線列車名募集係」へ。パソコン、携帯電話からネット(http://www.shinkansen‐name.com)でも応募可能。
ちょっとワクワクする話。
「ひかり」「こだま」。いい名前。
「こまち」は好き。ぴったり。
さて、この新幹線はどんな名前なんだろか。
陶磁器の青磁を思わせる『白藍(しらあい)』色。
『濃藍(こいあい)』色を使用。
古代桜(こだいざくら)調の木目。
座席は濃藍(こいあい)色の花唐草模様。
通路部は金茶色の花唐草模様。
なんともジャパネスク。
ひらがな3文字でこれをあらわすなら。
「みやび」?
ちょっと発音がしずらいかな?
それに京都っぽくなっちゃうかな?
大阪&鹿児島というタフネスさをあらわすには……。
「まいど」。
うーん。たぶん没だろう。
そんな衛星があった気もするし。
「さくら」。
これ王道。
しかしすでに出てる。
鹿児島らしさが重要だよね。
「おいどん」。
…………ダメか。
「さつま」。
あぁこれもすでにあるし。
ここは意表をついてカタカナ。
「エナジー」。
字あまり。
「パトス」。
なんか「パスモ」みたいか。
ここはひとつジャパネスクに戻って。
「みこと」。
なんだか子どもの名づけっぽくなってきた。
「まこと」。
ますます子どもの名づけだ。
まぁ「のぞみ」という名前の人も「ひかり」という名前の人もいることだし。
もっと意表をついて。
「たろう」。
どうだ。逆に行ったぞ。子どもの代表的名前を新幹線に。新鮮。
いやちょっと戻ろう、大阪っぽく。
「なにわ」。
これもすでにあるし。
なにわ - Wikipedia
じゃ九州っぽく。
「ひみこ」。
おぉナイス。
大阪っぽかったりもするし。
でもなにかびみょーな問題になりそうっぽい?
かあちゃん的には「ひみこ」で決定。
<参照リンク>
新幹線の列車名を募集 JR九州
Date : 2008/10/18 22:22
Posted : jun
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新幹線
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