2010年1月23日

イクメン?

なんとなくテレ朝の『SmaSTATION!!』を観ていたら、「2010年ヒット予測 ベストセレクション」 というのをやっていて、今年流行るものを予測してランキングしてた。

で、そのヒット予測に出て来たのが「イクメン」。なんじゃそりゃ。

なんでも「育児なメン」の略らしい。

で、紹介されたイクメンアイテムは、ダッドギアのメッセンジャーバッグと、

↓これだね。
コロラド発!ダッドギアのファザーズバッグ - [ベビー用品・育児用品]All About

北極しろくま堂のスリング、キュットミー。

アカチャンホンポの、指を入れる穴が大きいツメキリ。

あとね、ファザーリング・ジャパンの、パパのためのスクール。

ちょこっと映ったのが、トンガ。

うーん。ここはエルゴとかも出してほしかったところだけど。

で、なんでも、今年はベビー用品が注目を浴びる年なんだという予想だそうで。
うひー。やめてーそんな予想。

なんでかっていうと、今年子ども手当が出れば、そのお金がベビー用品にまわるんじゃないかという目論みの元に、そういう予想なんだとかで。

するどいなぁ。

そういう予想を早くから立ててるベビー用品を売ってる人たち、これが実際いるんですねー。
いや、そうそうモノに回らないんじゃないかと私は思うんですけどね。でも、これが商機と思ってる人もいるのは事実。

でも、たしかに、ちょっといいベビーカー買っちゃおうかとか、高めのベビーキャリアだけど買っちゃおうかとか、パパ用の育児アイテムも買っちゃおうかとか、それなりには、なるかもね。

でもほんとに、パパがスリングとかベビーキャリア身につけてること、すごく多くなったね。
わずか5、6年で、ほんとに変わったね。




2009年11月19日

子どものケガは、誰のせい?

 Vol.03でお話しした通り、質問で用いた3つの傷害状況(※右図)のうち、「ドアで指をはさむ」と「炊飯器の湯気でやけど」は、どちらも「親が原因」とする声が多く聞かれました。一方で、ドアまわりの環境や炊飯器の構造などは、さほど原因とは考えられないという傾向があったのです。これは、親が見守っていればいい、子どもをしつければよいという、従来からある見方の反映だと言えるでしょう。

でも、誰もが皆、同じように考えているわけではありません。今回集めたデータをくわしく見てみると、実は他の人よりも「子どものケガは環境や製品が原因」と答えている人たちがいたのです。
1億2700万人のキッズデザイン! キッズデザイン協議会: キッズデザイン・ラボ Vol.04「子どものケガは予防できる」という文化の醸成を

自分の子どもをしっかり見てない親は、実際多いと思う。
公園へでも行けば、おしゃべりに夢中で子どものことなんかちっとも見てない。
ベビーカーのベルトが5点式になって拘束力が強くなったからって、ベビーカーに子ども置きっぱなしでおしゃべり三昧、わが子放置の人もずいぶん増えたと思う。
モノに頼るより、まず自分の眼で自分の子を見るほうが大事だ。

それでも、思う。
赤ちゃんや子どもの周りのモノは、これでいいのか? と。

子どもの周りの道具を使えば腹が立つ。なぜこんなつくりなのか。なぜつくり手は思い至らないのか。
そう思うのは、やっぱり、自分がモノを送り出す立場だからなんだろう。

「危険について学び、安全について学べば、即、傷害予防につながる」と考えられがちですが、実はそうではありません。他の健康行動(禁煙、エクササイズなどの生活習慣改善)と同じように、傷害予防や安全行動も「わかっていてもしない」「わかっていてもできない」タイプの行動なのです。決して容易ではない健康行動や安全行動を実際にするには、強い動機づけと共に行動が実行できる環境(社会的・物理的環境)が必要であり、そのひとつが文化という社会的環境です。たとえば、「子どものケガ予防には保護者だけでなく、企業も社会も同様に責任を負っていくべきだ」ととらえる文化か、「親の責任だ」ととらえる文化かでは、傷害予防に対する企業や行政、医療従事者の姿勢は大きく異なるでしょう。また、「傷害による子どもの死亡や後遺障害は防げる」ととらえる文化か、「運が悪かったから」で終わらせてしまう文化かでも、対策は大きく異なるでしょう。 1億2700万人のキッズデザイン! キッズデザイン協議会: キッズデザイン・ラボ Vol.04「子どものケガは予防できる」という文化の醸成を

日本には、日本の文化が色濃くあって、共同体で生きていく術が遺伝子に焼き付いている。
子どもに事故が起きれば、それは子どもを見ていなかったヨメのせい。
よそから嫁いできたヨメの責任にすれば、その家ひいてはその村に傷がつくことはない。
共同体に不都合がおきれば、弱い立場の者に責任を転嫁し切り捨ててることで、日本の村はうまくやってきた。
つもりだった。

うまいこと、共同体は危機を回避してきた。たとえば小さな子どもが肥だめに落ちて死ぬ。塞いでいないどぶに落ちて死ぬ。田んぼに落ちて死ぬ。いろりに落ちてやけどをする。ストーブに手を置いてやけどをする。湯気をたてる炊飯器に手をかけてやけどをする。
「それは、子どもを見ていなかった母親のせいだ」。
問題解決。終了。

肥だめは肥だめのままだ。どぶはどぶのままだ。いろりはいろりのままだ。ストーブはストーブのままだ。炊飯器は炊飯器のままだ。
だって、問題は解決しているんだもん。
「事故の原因は、子どもを見てない母親」だから。

そして、同じ事が延々と繰り返される。
また肥だめに落ちる子がいる。またどぶに落ちる子がいる。またいろりに落ちる子がいる。またストーブに手を置く子がいる。また炊飯器でやけどする子がいる。

いったい、このうちの何人の死亡が予防可能であったのか、日本では今のところ、予想することもできません。同じ「子どもの死」でも、「予防可能だった」として将来のために活かすか、「しかたがないことだった」「親がいけなかった」で済ますのか、これは大きな違いではないでしょうか。 1億2700万人のキッズデザイン! キッズデザイン協議会: キッズデザイン・ラボ Vol.04「子どものケガは予防できる」という文化の醸成を

学習しようよ。
誰かに責任をなすりつけて済ますのは、いいかげんにやめようよ。
確かに、自分の子どもを見てない親は多い。自ら、子ども製造機に成り下がっている親は多い。
でも、事故が起きれば、苦しみ悲しむのは、その親じゃないんだ。
子どもなんだ。

モノをつくる人が、できることは、もっといっぱいあるはずだ。
子どもの周りのモノをつくるっていうことは、未来をつくるっていうことだ。

日本は、少し日本を脱皮しようよ。
責任転嫁して保つ体面にしがみつかなければいけない時代は、もう去りつつある。

「子どもの傷害は、保護者の努力だけでなく、企業や社会の努力によって防げるのだ」という意識が広がっていけば、傷害予防に対する日本の文化も変わっていくことでしょう。「キッズデザイン」は、その流れを担っているのです。 1億2700万人のキッズデザイン! キッズデザイン協議会: キッズデザイン・ラボ Vol.04「子どものケガは予防できる」という文化の醸成を