2010年4月 4日

子育ての脳科学

赤ちゃんや子どもの脳科学がちょとブームみたいになってますけど。

そんな話っぽいことがいろいろと書いてあって読んでみたり。

 "Nature or Nurture?"「子どもは生まれか育ちか?」と言う巨大な疑問は、1960年代から米国で始められたヘッドスタートと呼ばれる社会的弱者層への就学前教育プランの中で繰り返し論争されて来ました。ヘッドスタートという言葉を初めて聞いた方もいらっしゃるでしょうから、皆さんもよくご存じのテレビ番組『セサミストリート』がここで生まれました、と説明すればわかりやすいでしょうか。 "Nature or Nurture?" それは言い換えれば「生物の行動は全て遺伝子が決めるのか?」あるいは逆に「子どもの心は純白の石版か?」と言う論争であるとも言えます。両方の勢力の信奉者は自分たちの仮説を裏付ける実験結果を次々と世に送り出し、その度に「全ては遺伝子で決まるから無駄だ」あるいは「全ては3才までの環境で決まるからもう手遅れだ」という両極の悲観論から、「私に1ダースの健康でよく育った乳児と、彼らを養育するための私自身が自由にできる環境を与えてほしい。そうすれば、そのうちのひとりを無作為に取り上げて訓練し、私が選ぶどのような型の専門家にでも育てる事を保障しよう」という極端な育児至上論と、「文明の影響のない時代の人間はみんな素直で純白の精神を持っていたのだから、子どもは放ったらかしの方が上手に育つものだ」と言う楽天的ユートピア論の間を目まぐるしく右往左往してきました。論争が何度も揺れ動く度に、育児が思うように行かない親たちは「ヤッパリどんなに頑張っても無駄だ」と言う絶望の淵と、「頑張らない方が良い子に育つんだ」と言う天然放置主義の間を転げ回って来ました。そして私自身もこの極端な論議の中をグルグル回り、あちこち衝突して親子で青あざ赤あざだらけになりながら子育てを続けてきた父親の1人です。 CRN 子どもは未来である 子育ての脳科学: 8. 子どもは生まれか育ちか?

うーん。確かに、子どもを育てようと思って育児書など読み漁ると、余計に何が何だかわからなくなっちゃうんだよね。
で、あれこれとしてみるうちに、もう何もしないほうがいいんじゃないかという気にもなるんだよね。

「もう手遅れかもしれない」とか、「まだ早すぎるんじゃないか」とか、「これはやっちゃいけないんじゃないか」とか、それはもうそういうことだらけで。

まぁなんていうか、氾濫する育児情報に振り回されるというのはそういうことなのかもしれない。
でも、だから情報が要らないというのは間違ってる。
その情報を取捨択一する知恵が、自分に欲しい。けれどその知恵が自分に無いと、情報の海の中で思ってしまうことが、不安につながるんだよね。きっと。
要するに、情報の受け手としてのスキルというか、リテラシーというか、そういうものが育っていないことに気がつくことの繰り返しになるわけだ。
うんでも、今はもうさすがに、何が良くて何がダメなのかはわかるつもりだけれど。
最初は、驚いた。あまりにもさまざまに育児話が多すぎて。

たとえば、「赤ちゃんは泣くのが仕事だからほっとけ」説。「赤ちゃんが泣いたら抱っこ」説。
アトムが産まれた頃は、まだ前者の説のほうが幅を利かせていた。
でも、それは違うんじゃないかと思ってた。
思ってたけれど、「赤ちゃんは泣くのが当たり前」的なことを書いてある育児書やらじじばばやら育児の専門家やらだらけ中で、それを思い続けるのは結構孤独なものでもあった。
「赤ちゃんはよく泣かせた方が肺がよく育つ」と書いてあったものもあったけ。
うん、迷ったよ。

 4児の父親として、私自身もそれぞれの子どもに色々な育児と養育方法を試みてきました。初期には私自身も「泣いても抱かない自律性をはぐくむ育児」を信奉していましたので、自分の子どもにも実行しました。4人目の子どもの時は「カンガルー育児」の信奉者であったので、裸の子どもを妻と私が交代でお腹の上に載せて、文字通り「肌と肌がふれ合う」状態で乳児期を過ごさせました。このようにして4人の子どもたちの育ち方を見てきて、私自身が途中で自分の失敗に気がついて軌道修正をする中で、私は決して赤ちゃんを泣かせて育てる方が良いとは思わなくなりました。

 赤ちゃんが泣くのは養育者に危険を知らせて、何かの要求を伝えるためです。乳児期から綿密に配慮されて養育された子どもは、泣く以外にもっと有効なコミュニケーションの方法があることにも気がつくようになります。泣いている赤ちゃんを意図的に放置して自律性を高めようと言う考え方は誤りだと、私は自分自身の子育て経験からも確信しています。赤ちゃんが激しく泣いてしまわないうちに、要求に気づいて全ての要求を満たしてあげると、子どもはあまり泣かないおとなしい子どもになります。しかしこれはコミュニケーションに失望して泣くことを放棄した子どもとは全く反対の愛情に満足した子どもなのです。同じようにおとなしく見える子どもでも、愛情を感じることなく乳児早期の人間関係構築に失敗したサイレントベビーとは決して同一ではないのです。
CRN 子どもは未来である 子育ての脳科学: 25. 赤ちゃんはなぜ泣くのか

満たされた子どもと、放置された子どもは、一見、同じように見えるって。
いやでも、これはその子の持って生まれた性格もあるんじゃないかなー。
その子が求める欲求が深ければ深いほど、どんなに与えても足りないと感じるんだろうし。与えれば与えるほど求めるものかもしれないし。生まれつき、あんまり泣かない子もいるし。

最新のレポートは、アセチルコリンとかメタとか。


[この記事を読んだ人はこんな記事も読んでいます]


トラックバックURL

このエントリーのトラックバックURL:
※ 下記URLの大文字「MT」を半角小文字「mt」に変換してご利用ください。
http://ikuji-na-techo.com/cgi/mt/MT-tb15.cgi/2301

コメントする