川崎のミュージアムへドラえもんに会いにいこう
アンパンマンはあるのに、なぜドラえもんは?
と、神奈川県の人たちが思ったのかどうか。
川崎市は19日、「ドラえもん」「パーマン」などの作者、故藤子・F・不二雄さんの遺品を活用したミュージアムを2011年秋に開館する基本構想を発表した。
構想では、同市が向ヶ丘遊園跡地(同市多摩区)内の小田急電鉄所有地(約5000平方メートル)を定期借地制度で借り受け、藤子・Fさんの著作権を管理する藤子・F・不二雄プロが建物(延べ床面積2800平方メートル程度)を建設して同市に寄贈する。
運営主体は藤子プロ。作品の原画や藤子・Fさんの書斎を展示するほか、オリジナル短編アニメの上映施設、図書室、レストランなどを設置。年間入場者数は約50万人を見込んでいる。
藤子・F・不二雄ミュージアム整備準備室なるものができているらしい。
なぜ川崎市多摩区なのかというと、藤子・F・不二雄氏が晩年を過ごした場所だからだという。
人気アニメ「ドラえもん」「オバケのQ太郎」などの作者故藤子(ふじこ)・F・不二雄(ふじお=本名藤本弘=ふじもと・ひろし)さんの作品の原画などを展示する「藤子・F・不二雄アートワークス」(仮称)を川崎市多摩区に建設する構想が17日までにまとまった。多摩区は藤子氏が晩年を過ごした土地。妻の正子(まさこ)さんは4万点を超える原画などを提供する。市と著作権を管理する藤子プロ(東京都)、正子さんの三者が基本合意した。
ウチの子どもたちが大好きなドラえもん。
ドラえもんには良心がある。
いまどきのアニメ番組は、あれやこれやと関連グッズを出して儲けようとしているものだけれど、ドラえもんにはそういう商売けがあまり無い。ように感じる。
もちろんドラえもんグッズはいっぱい出ているわけだけれど、そこには一貫した思想が感じられて、これはやっぱり作者側の意向が強く出ているんだと思う。
かあちゃんが子どもの頃に夢中になって読んだり見たりしていたドラえもん。思えばリアルタイムなドラえもん読者だった。よくよく見れば、のび太はかあちゃんと同世代だ。なんて幸せな時代だったんだろう。
ついでに、『週刊少年キング』とかで『まんが道』をリアルタイムで読んでいたりして、当時はなにげなく読んでいたわけだけれど、いま思えばラッキーなことだった。読んでいたときはなんとなくマイナーなムードのマンガというか、まぁキングがそういう雑誌だったんだろうけれど、当時の流行りの少年マンガという感じじゃなかったのに週刊誌が載せていたというのが今考えてみれば凄い。でも、それが後世に脈々と残されて読まれているわけで。
そうだ。それだけ凄いことだったんだ。子どもの誰もがみんな、同じ雑誌で同じドラえもんを読んでいたっていうことは、もの凄いことだ。
子どもの頃に読んでいたドラえもんを、自分の子どもと一緒に見るようになり。で、何十年も経ってふたたび出会ったドラえもんで泣いてしまうというのも、もの凄いことだ。
「いつの間にか僕は夜中に一人でトイレに行けるようになった、一人で電車に乗って会社に通うようになった。でも本当に僕は変わったのかな?ねえドラえもん、僕は明日結婚するよ…」
藤子・F・不二雄さんて、鉄道ファンだったんだね。
藤子・F・不二雄 - Wikipedia
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