産婦人科がもっとも手薄な時。
それは土曜日。
7つの病院に受け入れ拒否された妊婦さんが亡くなったのは土曜日。
これがもし、平日の昼間だったら……。
医師も看護師もいただろう。どこかの病院にすぐに入れただろう。
「運が悪かった」んだろうか?
でも、そんな「運」で、人が生きるも死ぬも決まってしまうのが、現実。
かあちゃんが最初に出産したのは、その、土曜日だった。
しかも金曜深夜に入院し土曜に入って間もなく産まれた。
月夜の中、病院についた時、閑散としていた。
出産に立ち会った医師らしき人は新人なのか研修中なのかというあまりにも若いよくわかってなさそうな女性医師。助産師も新人だったんだろう腑に落ちないことばかり。
まぁべつにそれはそれでもいい。医師の力を借りて産む気はなかったから。
ただ助産師はなんとかならないものかと思った。
何もかもが手薄だった。
聞けば昼間の出産ならベテラン含んだ助産師が2、3人は集まったりして、場合によっては全員集合して、経験があり普段診察にあたっている医師が立ち会うようだった。その様子は天と地ほど違うらしい。
その夜は出産ラッシュで、かあちゃんの後に続々と出産が続いた。
かあちゃんの次の次の出産の人から、部屋が無くなった。
その人たちは、病室のベッドではなく、医師の控え室のようなところに、出産後は放置だ。
ケアなんかない。
土曜と日曜は看護師もいなかった。いたのかもしれないけれど、ほとんど見かけなかった。まるで死んでいるような空間だった。なんだか通じないミイラみたいな人しかいなかった。
出産後の女性をかたっぱしからどなりつける看護師。胸が張ると訴える人に何の手あてもせずに当たり散らしアイスノンを渡すだけの助産師。出産後すぐには新生児室で預かることになっている赤ちゃんを預かってもらえないという人もいた。その人がふらふらしながら哺乳びんを落として廊下で割った。誰も手助けする人はいない。割れた哺乳びんからぶちまけられた糖水で、後ろにいたかあちゃんは足をすべらせた。それから腰を激痛が襲った。
痛いと訴える相手もいない。いちおう定期的に来た看護師に訴えても誰も来ない。誰もいない。
長過ぎる3泊2日。
月曜の朝になって急に人が増えてにぎやかになり、入れ替わり立ち代わり人が来る。まるで血が通ったように様子が変わって驚いた。でも、人が増えたら増えたで間違った薬が運ばれてきたり、やっぱり連絡は届かなかったり。
救急患者を受け入れる総合病院だった。
産婦人科の隣は婦人科で、産婦人科の食事の時間に出産後のママたちがいっせいに食事に出かけたすきに、婦人科の個室から白い布できっちりと包まれた人らしき姿が運び出れるのを、食事に遅れたかあちゃんは見かけた。
土曜と日曜の、その病院の真の姿を知って、思った。
「こんな病院で死にたくない」。
東京都内で7カ所の病院に受け入れを断られた妊婦(36)が、いったん拒否した都立墨東病院で脳内出血の手術を受け死亡した問題。緊急事態に対応するためスタッフを充実させている「総合周産期母子医療センター」に指定されていた病院もあり、産科医療体制の脆弱(ぜいじゃく)性を再び浮き彫りにすることになった。平成18年に奈良県の妊婦が19の医療機関に転院を断られた末、死亡したケースなどが起きて以降、近畿各地で緊急時医療の見直しが行われ改善されているが、現場はギリギリの状態が続いている。
【お産を救え!】7病院拒否 東京の妊婦死亡 近畿の緊急医療“極限”(産経新聞) - Yahoo!ニュース
ひどい病院だと思ったけれど、あの土日のあの病院の姿が「ギリギリの状態」っていうやつだったんだろう。あのひどさ以上の病院が、日本には、ごまんと普通にいっぱいあるっていうわけだ。
かあちゃんは、個人病院か助産院で産みたかった。
ところが、これという個人病院が無かった。近くに適切な助産院も見つけられなかった。
今みたいに整ったインターネットなんか無い。
探しても、それ以上探しようがなかった。
自然分娩で母乳で……と思うと、ますます病院が無かった。
とりあえず近所の産婦人科医院はものすごい勢いで無くなってた。廃業ばかり。
産むところが無かった。
ただひとつ、もしも出産後の子どもに救急医療が必要になったらと考えると、小児科のある総合病院を選んでおいたほうがいいのかもしれないとは思った。その病院の産婦人科で産まれた子は、病院内の小児科で人生最初の診察を受ける。産まれたばかりの子には自動的にカルテも診察券もできる。退院後に子どもに異常がおきて救急車を呼ばなければいけない事態になった場合、「この病院にカルテがある」と言えば、たらい回しにはならないんじゃないかと。
それにやっぱり、ことは出産だから、行く途中の車内で産まれちゃっても困る。ある程度近くないと。もし産まれた子が救急の事態になったら、やっぱり近くないと困る。
そんなことを思ったりもして、その近くの救急総合病院にしたんだった。
産まれたあとの子どものためだけに選んだようなものだ。
後で思えば、病院で産む必要すら無かった。
病院で産もうが産むまいが、結局医療を受けられなかったんだから。
小児科の救急システムも、まだ今ほど整っていなかった。
だから、「もし救急車でたらい回しになったら」と考えた。
でもいまは小児科のシステムが整ってきて、深夜や休日の急病でも行き場がいろいろあるようになった。そんなこと考えないですむようになった。
「大丈夫だ」と思えるシステムがあれば、一か所に集中しないんだ。システムが整ってると安心できれば、病院内助産所や産婦人科のクリニックで産みたい人ももっと増えるんだろう。そうしたら本当に必要な人がすぐに医療を受けられるんだろう。
妊娠も出産もリスクを抱えているもので、出産後の母親が元気なことや赤ちゃんが生きて産まれたことは、「おめでとう」なんだと。
出産する人の全ては、自分の命とひきかえになるかもしれなくても子どもを産もうとしてるんだと。
そういう意識が世の中全体的に希薄なのではあるのだろうけれど。