子どもたちにいつか教えなければならないこと
小さな子どもたちと過ごしていた時、ふとつらくなることがあった。
子どもたちの手をひいて道を歩いている時。
床を拭いている時。
泣かれる時。
ふとつらい。
そんな時に頭に浮かぶのは戦時中のシーン。
戦争があった。その時人々はつぶされて死んだ。焼かれて死んだ。生まれてすぐに死んだ。辱めて殺した。死んでなお踏まれ捨てられた。その時死に至らなかった人がやがて死ぬまでの苦しみ。ふとつらい時、戦時中を思う。
かあちゃんがヒロシマへ行ったのは、たしか10歳の時だった。それは「行きたい」と言ったから連れていってもらったんだ。
「8月6日に行きたい。灯籠流しを見たい。原爆ドームを見たい」と言った。そして8月6日に行った。
原爆を知ったのは、『はだしのゲン』だったと思う。なぜあの本を読んだのか思い出せないけれど、読んで、行きたいと思った。広島平和記念資料館に行き、平和記念公園に行き、原爆ドームを見た。10歳の、暑い夏だった。
「もしも戦争がなければ」。そう思うことがたまにある。
今も戦争の傷跡は深く深く残っている。
その時代を経てきたことを、いつか子どもたちに教えなければならないと思う。
くったくの無い、子どもたちの笑顔を見て思う。
一体、いつ、どこから、教えたらいいんだろう?
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