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2008年05月25日
妄想で「バブルへGO!!」してみる
ときどきほんのり燃え上がってる発言小町。
先日、映画「バブルへGO!」をレンタルして観ました。
その中でお札(チップ?)を振ってタクシーを止めたり、ビンゴ大会の賞品が200万円だったり、初対面の人に「これタクシー代」とか、物凄いバブリーなシーンがたくさんありました。本当にこういうことってあったのでしょうか。バブル時代のとんでもエピソード教えて下さい : 生活・身近な話題 : 発言小町 : 大手小町 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
「バブルへGO!!」って、少し前にテレビでやってたな。
さぞバブルのバカヤローという映画で、さぞスッキリするだろうと思って観たら、そうでもなかったから、ちょっとガッカリだった。
そうだね、バブル期の育児っぽいことを思い出せば、
とりあえず都内の不動産屋の賃貸物件は、子どもお断りだった。
どのくらいお断りだったかといえば、ほぼお断りだった。
子どもがいたら、不動産を買うか郊外へ行くかしか選択肢は無いという。
バカ高いマンションとか買って巨額のローン抱えている人いまでもいるだろう。
というか、賃貸物件は法人契約でないとほぼ借りられない法人限定だった。
個人で借りられるのはバブル景気の突貫工事で建てた手抜き物件。
夜中の12時過ぎても、ガンガンとマンションとか工事してた。
新婚で住んだアパートで、子どもが生まれたら立ち退けというのも、よくあった。
食事するレストランは、ほぼ子どもお断りだった。
レストランの入り口に子どもお断りの看板が普通に出ていた。
子ども入店禁止。べつにいわゆる高級レストランでもなんでもない、まぁ普通のレストランで入店禁止だった。
そう、入店禁止っていうのも、はやってた。
どこそこの店に入るには、服はこれじゃなきゃダメとか。女の子連れてないとダメとか。チェックするおにーさんが立ってる。で、そのおにーさんと知り合いだと入れたりする。まったくバブル世代の人たちは、いまだにチェックが大好きだ。
渋谷には、毎夜、花売りが来た。
女の子に贈る花束が飛ぶように売れた。
どう見てもモテそうにない、スーツだけがやけに上等な30代の小太りの男が、10名くらいのワンレンボディコンを引き連れてセンター街を歩いていた。何人も。
深夜終電が終わるか終わらないかのころには、タクシーの争奪。チケット振りかざすか万札振りかざすかした男にしか、タクシーは停まらない。タクシーの取り合いになって、車体に蹴りを入れられていたタクシーが道玄坂に何台もいた。
あの頃の人たちは、どうやって子ども育ててたのかと、たまに不思議に思う。
密室育児とか幼児虐待とかって、あの頃に始まったんだろうと思う。
Date : 2008/05/25 23:38
Posted : jun
Category : よもやま
Tags :
バブル
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コメント
あの頃は学校出たての修行の身でした。昼も夜もありませんでした。当時がバブルだったというのは後で知りました(笑)けど、おかしな時代でした。建築の形も使う材料も考えもみな。。
たいした給料ではなかったけど、一生懸命「本」買ってました。建築関係の洋書や豪華本・・・
それが、僕らのバブルでした。。。悲し~^^
Posted by : しだ : 2008年05月26日 18:07
しださん、私も学校出たての修行の身でした。お小遣い程度の収入ですから、いちいち家賃とか食事代とか高いのなんの。バブルの恩恵なんかありゃしません。上の世代の人たちはウハウハギラギラしてましたけどね。
建築関係の豪華本……もしかして、それ作ってたの、私だったかも。でも作ってる現場は、いやもうなんというか。
その頃につちかわれたものが、今のネイティブな自宅をつくらせていると言っても過言ではないです。
コンピューターに守られたバブルの塔に住んでいる人は、いまもいますね。
Posted by : jun : 2008年05月26日 22:31
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