« ミルクシーフードヌードルを食べてみる | メイン | エスカレーターで歩くのは想定外 »
2007年11月25日
暴力的なアニメ番組は男児を3倍攻撃的にする?
「無害に見えるからといって無害だと考えてはいけない」。有害と無害の境目は、どこでしょうか?
就学前の男児が暴力的なテレビ番組を見ると、たとえそれがアニメ番組であっても成長後に攻撃的になる傾向が高まることが、新しい研究によって明らかにされた。
米医学誌「Pediatrics」11月号に掲載された今回の研究では、米ワシントン大学(シアトル)小児科学教授のDimitri Christakis博士らが、米国8,000世帯のデータを検討。2〜5歳の男児184人と女児146人を対象に、就学前のテレビを見る習慣と、これらの児童が7〜10歳になったときの行動に関する調査を行った。
攻撃的な傾向のある男児はそもそも暴力的なテレビ番組を好む可能性があるため、研究開始時の行動も考慮して分析した結果、男児が就学前に暴力的なテレビ番組を1日1時間見ると、7歳時に問題行動がみられる確率が3倍高まることが判明した。女児が暴力的なテレビ番組に影響されることはなかった。また、男女とも、非暴力的な番組を見て、後々攻撃的になるという傾向は認められなかった。
思えば、かあちゃんが小さな子どもの頃は、勧善懲悪で、正義の味方が悪者をやっつける番組ばかりだった。たまに正義の味方なのかどうなのか疑問のあることもあったけど、だいたい正義の味方が暴力で悪者をやっつけた。今思うに、それは番組の作り手が戦争中に教育を受けていたからなのかもしれない。敵を武器や腕力でやっつける、これぞ正義だと。
その頃、弱者にとって望まれたのはヒーローだった。困った時にはやってきて、悪い相手から自分を守ってくれる。それは叶う事の無い弱い子どもの夢だった。きっといつか誰かに助けてもらえると願わずには毎日を耐えることができない、弱い子どもの希望だった。
いま親になってる私たちが成長するにつれ見てきた番組は、誰がために戦うのか、何のために戦うのか、悩みながら敵を暴力でやっつけてきた。なぜそれが敵なのかさえも苦悩しながら戦った。だんだん何が正義なのかもわからなくなった。しまいには、戦うことから逃げちゃったりした。戦う相手はいつしか敵ではなく、自分自身になった。そのうち小動物とかに戦わせて自分は戦わなくなった。
ジャイアンは昔、暴力をふるって言う事を聞かせる悪者だった。のび太は目に青アザ作ってただ泣いて耐えるしかなかった。非力ゆえのどうしようもない毎日に手を差し伸べたのがドラえもんだった。ドラえもんは、暴力におびえ抜け道の見つからない弱い少年にとってゆいいつの救いであり夢だった。でも、もはやジャイアンは「ちょっとガラが悪いけどいいヤツ」になった。暴力でのび太を追いつめる者はもういない。ドラえもんは少年のヒーローではなくなり、みんなにとって便利なロボットとして21世紀に生きている。
暴力で敵をたたきのめしても、何も得られない。ただ失うばかりだということに多くの人が気づき、私たちはその過程を番組を通じて知り育ってきた。もしそこに暴力があるのなら、苦悩が伴わなければならない。自分も痛みを持つということを知らなければならない。もう暴力にものを言わせる時代じゃない。
だけど、勧善懲悪もヒーローも悪者も暴力も、小さな子どものごく身近に、今もひっそりと潜んでたりする。
「アーンパーンチ!」。
Date : 2007/11/25 20:30
Posted : jun
Category : 育児な記事
Tags :
None
トラックバック
このエントリーのトラックバックURL:
※ 下記URLの大文字「MT」を半角小文字「mt」に変換してご利用ください。
http://ikuji-na-techo.com/cgi/mt/MT-tb15.cgi/1843



