2007年10月28日
ある流産(5
その産院で最初に診察を受けてから、2週間後が次の検診だった。
つわりはますます苦しく、口を開くと吐く。しゃべることができない。
何も食べないまま、イオン飲料と、果物をわずかに食べて過ごす。動けない。動くと吐く。苦しさを紛らわすために、ひたすら妊娠や出産の本を読み続ける。
長い長い2週間が経ち、2度目の検診を受けに産院へ行く。
体重を測る。血液検査を受ける。腕に針が刺さる。
この産院では、待ち時間を減らすためなのか、体重測定や検査は最初に済ませる。診察前に医師には会わない。まず最初に診察室に入って、体調などを医師の顔を見て話すということはなかった。
医師の顔をまったく見ないまま、診察台に乗り、内診を受ける。エコー。
「赤ちゃん、死んでるね」。
カーテンの向こうの医師の声が聞こえた。
ひとこと言うと、医師は診察をやめ、隣の部屋の助産師に大声で伝える。
「流産の説明!」
内診台を降りた。
医師からの言葉は、他にはなかった。
隣の部屋へ行くと、カルテを指し示す助産師。「切迫流産」と書いてある。でも、切迫流産というのは、赤ちゃんが生きているのに流産の恐れがあるということで、赤ちゃんが死んでいるのにお腹にいるのは「稽留流産」と言うんじゃないのか? 読み続けた妊娠の本には、たしか、そう書いてあった。
でも、つわりの苦しさで、それをしゃべることができない。かろうじて、ひとことしゃべる。
「切迫流産と書いてありますけれど…?」。
「これは、保健をきかすために…」と助産師。
よくわからない答えだった。
「1週間経ったら、また来てください」。
なんのための1週間なんだろう。もう赤ちゃんは死んでいるのに、なぜ1週間待つ必要があるんだろう? なぜ苦しいつわりをまだ耐えなければならないんだろう? いったい何のために?
なぜ、あの医師は、突然、話もろくにできない内診台で「赤ちゃん、死んでるね」と言っただけなんだろう? 「成長しない可能性がある」とか「経過をみる必要がある」とか、まずはそういう言い方をするんじゃないだろうか? なぜ「死んでる」のひとことで済ましているんだろう。なぜ……?
なぜ死んでいるのに1週間……?
翌日、最初に診てもらった女医の所へ診察を受けにいく。
「赤ちゃんが死んでいると言われました」。
女医の顔が硬くなる。「エコーで見ましょう」。
「……これは………」。首を横に振る女医。
あなたは妊娠だと言った。母子手帳をもらってこいと言った。
妊娠だと言った。
「流産は、普通、心拍がある前におきるものなんです……」。遠くを見ながら女医が言う。
聞く。「稽留流産というのは、このままにしておいた方がいいんですか?」。
「いえ、なるべく早く処置した方が……」。
言葉少ない女医。
稽留流産なのに1週間を待つ必然性がわからなかった。
でも、待つ必要はないらしい。
稽留流産だと、どうなるのか、どうしたらいいのか、誰も詳しく説明してくれなかった。枕元に山積みになっている妊娠の本を読む。稽留流産は、やがて出血し、赤ちゃんが出てくるのだという。真っ赤な血と、これまでつわりに耐えてお腹で育て続けた赤ちゃんが、出てくるんだ。真っ赤でドロドロになった小さな赤ちゃんが。
もしそれを見たら、気が狂うと思った。
Date : 2007/10/28 20:28
Posted : jun
Category : よもやま
Tags :
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