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2007年09月08日
なんとなく『受験の神様』を見ている
日テレの土曜夜9時からの『受験の神様』をなんとなく見ている。
もちろん、忙しいから毎回見られるわけじゃない。子どもたちが寝た後、見られる時に、とぎれとぎれに、なんとなく、見ている。
主人公の広くんは小学校6年生で、アトムよりは大きいけれど、息子の話となると、なんだか見てしまうわけ。お父さんの勇役の山口達也くんがちょっと好きだったりするから見てたりもしてる。いろいろと押さえどころを押さえられたりして、なんとなく見てたりする。
今日の回は、いつの間にか、広くんのおじいちゃんが亡くなっていた。お葬式。つい、この間、見た光景。
広くんのおじいちゃんは校長先生だったという設定。かあちゃんのおじいちゃんも校長先生だったな。おばあちゃんも先生だった。一生勉強、のような人たちだった。送られてくる手紙はまるで短歌。いつも絵が添えてあった。
「死んで焼かれるのは、怖い」
「焼かれた人はどうなってしまうの?」
「神様のところへ行くのよ」
「人間の形のままでは天国に行けないから、煙になってお空に昇って、天国に行くのよ」
おじいちゃんのお骨を拾った6歳のアトムと、ついこの間、交わした会話。
Date : 2007/09/08 21:50
Posted : jun
Category : よもやま
Tags :
受験の神様
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コメント
ああ…。
3兄弟とワタシも、全く同じ内容の会話をしたんですよ。
うちは、3人とも泣きじゃくって、お骨を拾うどころじゃありませんでしたけど。
今では3人は、星になって見守ってくれていると思っているようです。
Posted by : アンティーク・マム : 2007年09月09日 04:52
マムさん、やっぱり人間思う所って、同じなんですよね。
私はいろいろと自分が幼い時の頃のことを覚えているのですけど、6歳ぐらいの頃、毎晩泣いていました。死というものを感じたからです。なにかと敏感な子だったのでしょう。
息子は、まだあまり死がわからなくて、毎日ただ幸せに生きるために生きているのだろうと思います。無邪気です。
Posted by : jun : 2007年09月09日 23:38
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