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2006年06月21日
立ち会い出産したんだもん
お気づきでない方もいらっしゃるかと思いますが、このブログのエントリーは全てカテゴリ分けされており、地味ですが『よもやま』というカテゴリがあります。この『よもやま』は、文字通りよもやまで、分類できないようなちょっとしたこととか、ふと思ったつぶやきとか、通常はテーマを決めて毎回書くこのブログですがそういうのを抜きにした、そんな気の抜けたエントリーばかりのカテゴリです。ところが、この灰色のコカコーラのような『よもやま』カテゴリのエントリーにこのあいだ波紋があったようです。なるほどねぇ。
で、せっかくなので、続けてみようと思います。
アトムとウランは、ふたりとも立ち会い出産。
父親と母親の子なのだから、父親と母親で産もう。そう思ったかあちゃんは、妊娠がわかると、とうちゃんを両親学級とかに連れてったわけです。いや行ってみると参加していた父親は少なかったです。まるで初めて自転車に乗る子どものように、たどたどしくも、とうちゃんは学習を始めたようで。
アトムを産むことになった産院は、立ち会いは夫だけに限られていました。しかも陣痛室からつきそい、父親が両親学級に参加していることが条件でした。ちょっとこれってハードル高いような気もしますけど、でも、父親になるなら、超えてもらおう最初のハードル。
出産後は産院にできるだけ来てもらい、早速とうちゃんもおむつ替え。最初は、こういうこともね、できないんです、わかんないんです。もうわからないながらも、産院にいる間に練習。
ふたり目のウランは、とうちゃんだけでなく兄になるアトムも出産に立ち会えるように、助産院。家族が増えるという一番大事な瞬間の場に、家族がいないのは変じゃないかと。家族で赤ちゃんを迎えようと。でも病院だと兄が出産時に立ち会ってもよい所はなかなかなかったですね。それに、妊娠中の毎回の検診にアトムを連れて行かなければならず、病院での長い待ち時間をまだ1才のアトムに過ごさせるのは不可能に近かったので、待たずに、こちらの都合を言っても対応してもらえる、寄り添うような助産院を選んだわけです。自分の子は自分で産んで自分で育てる、そう決めたかあちゃん。2才違い、上の子連れて。病院だと産めてませんね実際のところ。
ウランが産まれたとき、かあちゃんの手をにぎって「がんばって」と言ってくれた2才のアトム。5才の今でもそのときのことを覚えているようで、自分が迎えた妹がかわいいようです。よく聞く「下の子が産まれると、やきもちを焼いたり、下の子をいじめる」ということもなく。仲の良い兄妹。
立ち会い出産があったから、父親や兄の中で変わるものはあったようです。一皮むけたかなと。立ち会い出産ができてよかったかなと思います。でも、実際に立ち会い出産しようと思うと、「やるぞ立ち会い!」と思っていないとできないですね。言われるがままなるがままだと、できないことかもしれないですね。
さて、「立ち会い出産したくても、仕事で来られない夫もいる」とか、「立ち会い出産しなくても、父親として立派にやっている人もいる」とか、「立ち会い出産にこだわることよりも医療設備の整っていることの方が大事」とか、あれやこれやここで言われましても不毛なので、「立ち会い出産に、もの申す」という方は、TBしていただきたいと思います。このブログは、TBはスパム以外なんでもオッケーです。私は、ブログの編集権は管理者にあり、コメントの著作権は書いた人にあると考えています。ところが、このブログのコメント欄は整っておらず、パスワードの設定もできず、コメントを書いた人があとから変更することも削除することもできません。すいません、そういう設定ができないんです(いやできるぞと言う方は教えてください)。コメント欄は著作権以前の問題なわけですし、忙しくてコメントになかなかお返事もできませんし、せっかくですのでブログのTBを使っていただきたいと思います。ブログ持ってないという方は作ってください。
そうすると、3日後ぐらいには、検索エンジンでこのエントリーがけっこう上位にくるかも…? で、あなたのブログを訪れる方が増えるかも…? で、そこで、ご自分のブログにて立ち会い出産についての持論を展開していただけると、「立ち会い出産どうしようかな」と思っていらっしゃる方の参考になる、かも…?
Date : 2006/06/21 21:04
Posted : jun
Category : よもやま
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コメント
立会い出産を経験した上の子は、下の子をとても可愛がる…と聞いた事があります。
長男の出産の時には、立会いとは決めていなかったのですが、陣痛の間、母と一緒にずっと側に居た夫に、看護婦さんが、「え? ご主人も入られるでしょ。」と言われ、成り行きで立会いました。
普段仕事が忙しく、考えていなかった立会い出産。
戸惑っていた夫も、長男が生まれてくる瞬間に立ち会えて、ものすごく感動したそうです。
下の子のときは、帝王切開で立ち会う事が出来なかったので、ものすごく残念がってましたね。
それを見ていた、助産婦さんが生まれた赤ちゃんをキレイにするのを間近で見せてくれ、少し、手伝わせてもらったそうです。(双子だったので。)
友人に、立会い出産を望んで、準備していたのに、ご主人が
外に出された人が居ます。
普段から、ご主人に頼っている、可愛らしい奥さんだったのですが、出産時にもご主人に頼ってしまい、自分の力が出せなかったからだとか。
ご主人が居る間は、「もう駄目~、何とかして~。」といっていた彼女も、無事、自分の力で出産したそうです。
出産とは、まさに、母と子の共同作業であって、そこで父親ができることはないかもしれません。
だからこそ、夫として、父親として、その全てを見守ることでまた、新しい喜びとか責任感とか、そういうモノを得るのが、立会い出産のような気がします。
出来るから、出来ないからどうだ…ではなく、出来たから良かった…という価値観も、あり…ということで。
Posted by : アンティーク・マム : 2006年06月22日 21:07
アンティーク・マムさん、コメントをいただき、ありがとうございます。
そうですね、そうですね。
ご友人のお気持ちも、わかる気がします。最後はやっぱり母(になる人)の気持ちというのでしょうか、こればっかりは他の人には立ち入れないというのでしょうか、それを受け入れるのは孤独な作業かもしれないですね。でも、いざとなると、母は強くなれるんですね。
責任感とか父の実感とかって、ある日突然芽生えるというものでもないでしょうね。やっぱり、一段一段階段を昇りながら、だんだん父親になるのでしょうね。その階段のひとつに、立ち会いするというのもあるでしょうね。
Posted by : jun : 2006年06月22日 22:24
3年前出産の時、私も立会いでした。どうしてもへその緒を主人に切らせて欲しい、と頼み込んだら医療行為上はいけないそうなので院長が手を添えるかたちで切らせてもらいました。(助産院ならではでしょうか)主人の感想は「すぱっと切れるのかと思ったらすごく硬くて軟骨みたいでびっくりした。切り口がギザギザになった。母と子って精神的だけじゃなく物質的にも強く繋がってるんだと実感した。」彼いわく、両親学級とか行ってもイマイチ父になる実感がなかったけど、へその緒を切って母と子を自分の手で分けたあの時が父になった時、だそう。私の記憶の中の主人はなんとも頼りなかったんだけど、一杯いろんなことを感じててくれたんだ、それだけでも立ち会ってもらえて良かった、と思えました。
Posted by : ゆん : 2006年06月22日 23:03
ゆんさん、コメントをいただき、ありがとうございました。
ご主人は、貴重な体験をされたのですね。やっぱり、体で感じるということは、文字や頭で理解することとは違いますよね。
へその緒って、目の当たりにすると、体に入れてた本人も衝撃というか感動というか、これが子どもとつながっていたんだというまさに象徴のかたちですよね。
そうですね、立ち会ってもらうなら、そこまでしてもらうといいかもしれないですね。うちはいっぱいいっぱいで、へその緒切りまではしなかったんです。でも、そういう、手の感触って、きっとずーっと忘れないことでしょうね。
Posted by : jun : 2006年06月23日 01:08
うちは、一番上と一番下の出産のとき、夫が立ち会いました。
立ち会ってない二人と、立ち会った二人、あきらかに夫へのなつき方が違います。
Posted by : みちょ : 2006年06月23日 19:39
みちょさん、コメントをいただき、ありがとうございます。
うううーん、なつき方、違うかもしれないですよね…。
それは言えてるかも…。
インプリンティングされるとか…(鳥か!?)。
Posted by : jun : 2006年06月23日 22:08
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